大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)51号 判決 1959年10月16日

控訴人(被告) 京都府知事

被控訴人(原告) 朝山茂子

原審 京都地方昭和三一年(行)第七号(例集八巻一一号192参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、被控訴代理人において、本件土地は松賀茂土地区画整理組合の地域に属するものとして、昭和六年九月二五日までに区画整理を終え同日付で換地の登記を経由し、昭和一四年には、京都市が全区域の道路に水道を敷設し、客観的にも宅地としての形態はすでに完成しているのである、しかも被控訴人は右区画整理により、二四一坪六合八勺を提供して一八一坪三合二勺の割当をうけ、所有土地につき六〇坪三合六勺の減歩をうけたほか、現金負担として整理費一五一円、水道敷設費七九円七五銭計金二三〇円七五銭の支出を余儀なくされたこれを今日の時価に換算すれば、土地の減少について、一坪金五、〇〇〇円(現在はさらに価値上昇して一坪一万二、三千円と考えられる)当りとみて金三〇万円、金銭支出については換地当時の三〇〇倍と換算して金六九、〇〇〇円となるわけであり、被控訴人は結局以上合計金三六九、〇〇〇円の自己負担を忍んで区画整理に応じたのである。右土地区画整理は、都市計画法第一二条の規定に準拠して行われたものであつて、同条準用の耕地整理法によれば、土地区画整理組合の設立につき、地方長官の認可があれば、その区域に属する土地所有者は当然組合員となり、所有土地に対して区画整理が強行されるのである。このように所有者の意思にかかわりなく、国の公権力の作用により土地の所有者に財産上の負担までさせて、区画整理に必要な土地の宅地化をしておきながら、後日他方において同じ公権力を用いて、同一の土地を農地とみなし、これを買収せんとするのは、余りにも矛盾であるといわざるをえない。以上のごとく本件土地は、もともと、耕作以外の用途に使用せらるべきものであつたのが、今次戦争の前後にわたる食糧難打開のために、一時耕作の用に供せられたものであつて、土地利用の自然の姿より考察すれば一時的な現象とみるべきであり、これをその地形、地勢、交通の便否等客観的状況の下に判断するときは、もはや農地にあらずして、完全に宅地化された土地であるということができる。また仮に、本件土地がまだ宅地化されていない土地であるとしても、周辺の土地がすでに宅地化されている客観的状況のもとにおいては、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第五条第四号又は第五号を適用し、買収除外の指定を行わねばならぬことが一見明白であり、これを農地として買収した控訴人の処分は当然無効であると述べ、

控訴代理人において、仮に本件農地が、自創法第五条第五号によつて、買収除外の指定をうくべき土地であつたとしても、控訴人のした本件土地の買収はそのために当然無効となるものではない。何となれば、自創法は戦後わが国の民主化の一環として実施された措置の一つであると、ともに、これにより農業生産力の維持増進を目的とするものであるから、同法第三条により行う農地の買収は、できうるかぎりその範囲を拡大して、これを実施し、同法第五条第五号の規定による買収除外の指定は、例外に属するものとして、極めて小範囲にこれをとどめるべきである。したがつて、控訴人の本件農地の買収が右法条に触れ違法の行政処分たる非難を免れないとしても、それはただ取消しうべき行政処分たるにとどまり、そのため当然右処分の無効をきたすものではないと述べた。(証拠省略)

理由

控訴人が昭和二三年七月二日被控訴人所有の本件土地を不在地主所有の小作地とみて自創法第三条を適用し、買収対価七二四円で買収したこと、これよりさき本件土地は宅地造成を目的として都市計画法により設立された松賀茂土地区画整理組合の地域に属し、昭和六年九月二五日区画整理を完成して換地の登記を完了し、昭和一四年にはこの地域一帯に京都市が水道を敷設し、戦前すでに本件土地附近にまで市バスが通い、また本件買収当時には本件土地の南方八〇間西方一二〇間以遠のところは完全に市街地化し、東南方一〇〇間には貯金局庁舎が建ち、その東隣に官立京都高等工業学校(現在の京都工芸繊維大学工芸学部)の校舎が存在していたことは当事者間に争がない。

そして原審での証人福島芳太郎、同渡辺亮太郎の各証言、被控訴人本人尋問の結果および原審並びに当審における検証の結果によれば、本件土地は前にも触れたとおり戦前すでに宅地造成の目的を完了し、被控訴人の亡夫は本件地上に家屋を建築する目的でこれを購入したのであるが、今次戦争の前後にわたる食糧不足の折、被控訴人は自給の途を開くため、暫時の間、野菜麦類を栽培する土地に転用していたけれども、周辺の市街地化にともない、本件土地は住宅地として、その利用を見ることもはや必至の客観的状況にある事実を認めることができる、甲第三、四号証および原審での証人細田勝美の証言によるも、いまだ右認定を左右することができず、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。

以上認定のごとく、本件土地はすでに宅地造成の目的を完成して宅地化され、もはや農地と認むべき状態ではなかつたのみならず、一たび都市計画法に基き、換地処分を行い区画整理まで完了させておきながら、後日同一土地に対し自創法を適用し農地として買収することは、行政行為の目的に矛盾ある違法の処分であつて、この違法は重大かつ明白なかしをもつ処分にあたり、当然無効の行政処分として排斥を免れない。

控訴人は、本件土地は自創法第五条第五項所定の買収除外の指定をしなかつたものであり、しかもその除外の指定は自創法制定の精神に照し、むしろ、これを例外的措置に属するものと解すべきであるから、右法条に触れる買収は、たんに違法の行政処分たるにとどまり、それがため当然無効をきたすものではないと抗争するけれども、本件買収が無効の行政処分であること前認定のとおりであるから、右主張は採用するをえない。

よつて本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 小石寿夫 千葉実二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例